ハロー!
ジュベナイルフィリーズは恐ろしいほど購入する気が無いレース。
自分は3歳戦……2歳戦か。余り買わない主義だった記憶があるのですが、振り返ると結構購入しているし、思い出深いレースも多々あります。
好きな馬が勝ってもいるのですよね。
馬体で一目惚れしたニシノフラワー。
競馬友達と競馬検討を居酒屋でしていてニシノフラワーを推すと「貧相な馬体だなあ」と散々突っ込まれたのです。
その自分の返答が酔っ払っているとは言え「ニシノフラワーとならやれる」発言。
ちょっと引き気味の周囲は「人に置き換えてだろう?」と引きつりながら聞かれたけど、「そのままイケル!」と言い張りましたね。
一部で伝説にもなった発言でした(笑)
ニシノフラワーで初G1制覇した佐藤正雄騎手の緊張の面持ちも。その後乗り替わりで河内騎手になったけど、その際の話は事実なのか分からないが事実であれば、佐藤騎手は騎手に向いていなかったんだなあ、と。
翌年はポカーンとしたレース、
なぜなら勝利したスエヒロジョウオーの単勝とヒモのマイネピクシーの単勝は持っていたのです。
馬連も持っている! オレ凄い! と馬連の馬券を確認するとスエヒロジョウオーと同枠のマリアキラメキから流していた悲しみ本線日本海だったのです。
後楽園で片膝をつきましたね。サヨナラ負けをした抑えの切り札のように。
でも、田面木騎手の「僕がG1を勝って良かったのでしょうか」(こんな感じのインタビュー) でボロボロ泣いていたのは分かると共感できたものでした。
兄弟子柴田政人の影は大きく、弟弟子小野次郎が気がつけば2番手扱い。それでも所属騎手として頑張った田面木騎手が報われた瞬間でしたね。
そして翌年ヒシアマゾン。この馬を応援するつもりはなかったけど、親交のある漫画家早見純先生が大の中館好き。自ずと一緒に応援するかね的な。
ちなみにたまの競馬ネタで上がる大的中馬券(大塚・的場・中館)、大吉馬券(大西・吉永)に関しては自分と早見先生の間で自然発生した馬鹿のひとつです(笑)
ヒシアマゾン固定は決まっていたのですが、2着をどうしようか? と言うときにキネーン騎手の特徴に気がついたのでした。
海外では乗り替わりG1制覇が多く代打屋キネーンということで知られている情報を、競馬情報新聞(?)東スポで知り頭に残っており、ローブモンタントを抑えることに成功したのです。
曖昧な記憶で購入できる自分の天才ぶりに感心したものでした(笑)
歴代だとメジロドーベル・テイエムオーシャン(実は2着にダイワルージュがお気に入りでした)・テイエムプリキュア辺りが思い出深いかな。
最近だと、ラッキーライラック。これは石橋脩を応援していた。これを勝ったあとに、自分は周囲に「石橋脩がクラシックを一番人気でキッチリ勝つのを見たい」と熱っぽく語ったのですが、それは叶いませんでしたな。
でね、時代だと思うんだけどヒシアマゾンが勝ったときの一番人気がシスターソノ。
今の人がシスターソノの戦績見れば頭に「?」が浮かぶと思うのですよ。
シスターソノのお母さんが、南関東最強牝馬である川崎競馬のロジータなのです。夢があるじゃないですか。牝馬ながら南関東三冠馬。
想像だけど、みんな夢を勝ったんだよね。ジャパンカップで惨敗したロジータの夢を乗せた人気だったんじゃないかな。
ここまで書いておきながら、当時の自分は馬券的にあっさり切ったんですけどね(笑)